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紙上法話

紙上法話 やすらぎを求めて

題字/曹洞宗岩手県宗務所所長 海野義清

「いじめ ダメ ぜったい」

「いじめ ダメ ぜったい」

子どもの頃、「弱いものいじめをしたらダメ」と良く言われたものです。それは肉親だけでなく近所の方からも言われ、それは、動物を相手にしている場合でも同様でした。このようにかつては、社会全体が子どもをしつけるような時代でした。しかしながら今では、他人の子へ口出しをすると、何かトラブルを招いてしまうのではと考えてしまうようになりました。

昔は、いじめたら相手がかわいそうと思うことよりも、いじめは卑怯者のすることだという意識がありました。卑怯なことをすることは、正しい生き方ではないと教えられ、その一つに「いじめ」があったのです。それが今日では、いじめたらかわいそうだとか、いじめられた子の経緯を考慮するなど、いじめられる子に目を向けて諭す世の中のように思います。もちろんその通りなのです。ですが、そうするといじめる方は、また他でいじめをする可能性が出てきます。

お釈迦様は、自己の完成を目指すことが修行であり、それはとりもなおさず悟りへの道であると仰いました。そして、人間は自分を大切にするように、他の人も大事にしなくてはならないとお教えになります。人を傷つけるという卑怯な行為は、その教えに背くことになるのです。ですから「いじめ」という行為は、人として決して為してはならないものであり、「いじめ」は自分に背く行為であるということになるのです。

いじめる方は「いじめ」を軽く考え、ゲーム感覚でしている場合もあると聞きます。悪いことだと知りながら、次第にエスカレートしてしまうというのです。お釈迦様の教えにこの様な言葉があります。「錆は鉄より生じ その鉄を壊す」。鉄から生じた錆は、放っておくとどんどん浸食していきます。そして、その錆が本体である鉄をむしばんでいき、やがて本体である自分を壊してしまうという事です。「いじめ」をすると悪行という錆びが、次第に自分を浸食して壊してしまう。「身から出た錆び」とはこのことなのです。さらには、こうも言えます。「いじめ」を見た人は、その人に「ダメ」と言わなくてはなりません。しかし、それが出来ないならば、誰かに伝えなくてはなりません。いじめられた人も同様です。勇気はいるけれども、「ダメ」だということも大切です。しかし、それが出来ないことがほとんどです。であれば、お父さんお母さんに、友人に、誰かに伝えてこそ、大切な生き方が叶えられると思います。

高校野球の試合で円陣を組むときに、全員が地面に座るチームがあります。これは、全員の目の高さを一緒にすることで、気持ちが伝わりやすくなるからだそうです。言い聞かせるのでもなく、頼み込むのでもない。相手と同じ目線になり、自分自身に言い聞かせるようにするようにすることで、皆と同じ思いを持つことができるからなのでしょう。仏教は、生きとし生けるものが平等であると伝えます。平等とは、心を同じ高さにして語り合うこと。そこから和の精神が生まれるのです。人が人に対し、心を同じにすることは大切なことです。これを「同事」と申します。「同事」には少しだけ勇気が必要です。伝える勇気・寄り添う勇気。いじめる人も、いじめられる人も、周りの人も、同じ気持ちをもって、ほんの少しだけ勇気を分かち合える一年になると良いものです。

文/曹洞宗岩手県宗務所所長 永昌寺住職 海野 義清
イラスト/光照寺住職 高澤 公省

生死即ち涅槃

諸行無常なり

ある日、Aさんから電話がありました。「検診でがんが見つかり、自覚症状はないのだが、医師から、かなりがんが進行し手術は無理で寿命は長くはないかもしれないと説明を受けショックと死に対する恐怖で胸がしめつけられ苦しい。」という内容でした。ただ傾聴するしかありませんでしたが、苦しみは自分が勝手に作っているもの、坐禅や気功ががん治癒に有効らしいこと、痛みなどの自覚症状はないのだから、今は気にせずひとりで悩まないで何でも話して欲しいと伝えました。

その数週間後です。Aさんから「ぜひ話を聞いてほしい。」といわれ会いましたが、とても明るく元気でした。聞けば、医師から「不思議だが、がんの進行が止まり、なぜか翳も小さくなっていて放射線などの治療を開始し、経過を見て手術も考えよう。」と伝えられたのだそうです。

Aさんいわく、「坐禅と気功を毎日何度も続け気力が充実している。また、知人友人が見舞いに来てくれ、悩みを聴いてくれて心が軽くなった。そして、人とのつながりがいかにありがたいものか痛感した。すると周りが生き生きと美しく見え、私は生きている、みんなに生かされていると実感でき、みんなへの感謝の気持ちが溢れてきて、不安や恐怖が嘘のように消え、あれからずっと心安らかに毎日が送れるようになった。この私は全てとつながっている大きないのちの一部と知った。また、がんも生きていて自分の一部である。治らないかも知れないけれど、がんは敵ではない。がんと向きあって生きていとうとさえ思えるようになった。いつか人は死ぬわけだけれども、ご先祖さまも含め全てとつながっているのだからひとりではないし寂しくない。みんなのお陰で今があるのだから今の今を精一杯生きれば、迷いもなく、死もなく、苦しみもなくなり心が平安になるんですよね。」とAさんは微笑みました。

生死(しょうじ)とは生まれることと死ぬことの苦しみをいいます。普段あまり意識しませんが、死に直面した時、死は特に大きな苦しみともなります。それに対して、涅槃とは欲望や怒り、悩みといった苦しみを吹き消すことをいい、安らかなさとりの世界のことで彼岸ともいいます。

曹洞宗の教典である『修証義には「ただ生死即ち涅槃と心得て」「生死のなかに仏あれば生死なし」とあります。

坐禅をし、全てとのつながりを理解し生死の苦しみを乗り越えるとき、生死はそのまま涅槃(安楽の世界=彼岸)となる。つまりこの世が涅槃であり彼岸だと説かれているのです。あの世である彼岸が、実は今ここにあるのです。

文/金性寺住職 松森 弘隆
イラスト/光照寺住職 高澤 公省

諸行無常なり

諸行無常なり

謹んで新年のお喜びを申し上げます。

大晦日には、こころ静かに一年を振り返り、年頭にあたっては、こころ新たに一年の計をはかることは、日頃何かと忙しない毎日を送っている私たちにとって、またとない自己深化の機会となっているのではないでしょうか。

しかしながら、物事は計画通りに進まないのも世の常です。今思い描いているものが、ずっとそのままではいられない。それが、「諸行無常」というお釈迦様が伝えられた言葉に表されています。3年9カ月前に起きた東日本大震災も、昨年の秋の御嶽山の噴火も、長野県白馬村に於ける地震も、想定外の出来事が起きてしまい、いつもの日暮が困難なものになってしまいました。無常ということは、変化があるということです。その変化の中には「苦しみ」というものが伴うときがしばしばあります。

私は、一昨年に大病を患い、大きな手術を受けました。常日頃より、炊事洗濯針仕事まで、自分の事は自分でおこなう暮らしをしておりました私でしたが、病気の診断をされたときは、さすがにショックを隠しきれませんでした。先生や家族には、大丈夫と言われても、こころ落ち着かず。手術までの間は、生きた心地がしない日々を過ごすのでした。自分の命なのにも関わらず、自分ではどうしようもないという思いでいっぱいになったのです。それでも、実娘により病気についての事細かな説明を受け、手術までの過ごし方を丁寧に教わり。息子には、気合を入れられ。さらに病院の方々の献身的な支えにより、無事に手術を終えることができました。意識が戻った時には、思わず「命は大切だよ」と、家族につぶやいておりました。日頃、「いつ死んでも悔いはない」などと豪語しておった私でしたが、この体験によって、「いのち」の儚さ、そして「いのち」の大切さに、そして、何よりも自分は多くの方の支えによって「生かされている」ということに気づいたのです。

お釈迦様は、こう仰っています。生きていく中では、苦しいことだってあるさ、人間だもの。迷うことだってあるさ、凡夫だもの。涙にくれるときだってあるさ、誰にでも。世の中いつまでも同じようには留まらない。すべてのものは自分のものではない。だから、しっかり生きていこうよ。だからこそ、今この時を一生懸命生きようよ。

これまでの人生、私としては一生懸命に生きてきたつもりではありますが、「いのち」を頂き、「いのち」を長らえた私。これからの、ひとつひとつの出来事に対し、しっかり向き合い、ともに暮らす地域の皆様と共に支えあいながら生きていけたらと思いを新たにする新年となりました。

諸行無常とは、苦しいことだけではありません。前に進む中で、楽しいこともあるでしょう。幸せなこともあるでしょう。春夏秋冬、日本の四季の変化もまた無常ということになるのです。今は、雪の美しさを堪能しながらも、来たる春のために、じっと耐える睦月としたいものです。皆様方にとっても、自分に向き合い、周りの方々と支え合い、「楽しさ」「苦しさ」を伝え合える一年となりますよう、心よりご祈念申し上げます。

文/曹洞宗岩手県宗務所所長 永昌寺住職 海野 義清

縁の心 彼岸によせて

闇を見た人の笑顔って まぶしいでやんすね

全国的に豪雨のニュースが多かった夏も終わりを告げ、日々早まる日没に切なさを覚える彼岸になりました。この時季、多くの人たちが先祖や大切な人の在りし日の姿を思い起こしながら墓前で手をあわせます。でも、私たちはそれら身近な人たちだけの縁でこの世に存在しているのではありません。気が遠くなるような数の先祖が一人も欠けなかったからこそ、この世にいるのです。今回の紙上法話は「縁の心 彼岸によせて」と題し、自分が知らない先祖に思いを巡らせることの大切さを説いています。迷いのない世界「彼岸」へ至る修養の一歩として、自分が知らない縁について考えてみませんか。

お盆、秋彼岸と多くの方々がお寺にお参りにいらっしゃり、墓前で手をあわせる尊い姿を拝見することができます。

皆さんはどのような思いを抱いて墓前に手をあわせておられるのでしょう。

家族のお墓を詣でられた方、友人の墓に詣でられた方もいらっしゃるでしょう。それぞれ亡くなられた方々の在りし日を偲び冥福を祈られているのだと思います。

それは自身に縁のある人々を大切にするとても尊い姿であります。ですが、私達は自分自身が憶えている家族や友人など、目の前のお墓に収められている方々のことにばかりについ気持ちが向いてしまい、その背景にあるもっと多くの縁ある人々のことに思いを廻らせることを忘れてしまっているように思います。

祖先と一言で言ってしまえば簡単ですが、十世代遡れば約二千人、二十世代では約二百万人、三十世代ではなんと約二十億人の人々が、今在る私の祖先です。

縁は祖先だけではなく友人、近所の方々、職場の方々とも結ばれています。そしてその一人一人にも祖先がおられます。

これら途方もない数の縁、途方もない数の人生の繋がりが在ってこそ、今の私という人生が存在しているということを私達は自覚しなければなりません。

そうすることが命の尊さを知ることだと思うのです。

彼岸の謂われは、私達が生きる迷い、苦しみの多きこの世を此岸とするならば、その対岸である彼岸には、すべての迷い苦しみからはなたれ、真理に到る世界、悟りの世界があるということ。そして、春分、秋分の両日は太陽が真東から昇り真西に沈むことから、日没の方向に西方浄土の世界が在ると念想し、この両日を中日とした七日間の間は日頃の生活を反省し、精進の心を保とうというものです。

彼岸の遠さ、そこへ達する難しさを思えばこそ、今は亡き人々、その途方もない数の縁にすがり感謝をしながら、彼らと共に悟りの世界、彼岸の岸に到ることを願い墓前に手をあわせたいと思うのです。

文/稱名寺住職 膝舘 良証
イラスト/光照寺住職 高澤 公省

笑顔とともに

闇を見た人の笑顔って まぶしいでやんすね

深々と雪が降り積もり、冬の寒さに耐えながらも、手を合わせ、初日の出を拝む。キシキシと音を立てながら、お寺や神社に出向き、新たな年への期待と思いをかける。 ピンと張りつめた寒さの中から、赤く染まった太陽が顔を出すとき、人はその光の中に温かな思いを感じるものです。そして、お賽銭を投げ入れ、一年の計を願った時、そこにはきっと笑顔があふれてくるでしょう。 「和顔愛語」という言葉があります。それは、「和やかな表情」と「やさしい語りかけ」ということになるでしょうか。

曹洞宗を日本にお伝えになった道元禅師は、「人間というものは、面と向かって優しい言葉をかければ、笑顔を見せて喜ぶし、人づてに聞けば、心に刻んで忘れないものだ。」と言われております。 相手のことを思う気持ちから発せられる真実の言葉は、人の心を180度変えてしまう力があります。

私が住職をさせていただいている、北上市永昌寺、このお寺には私が住職になるまで、20年ほど住職が不在な時代がありました。盛岡で生まれ育った私は、この新たな土地で右も左も分からぬままに赴任してまいりました。 この頃は大本山總持寺での修行を終え、ピンと背筋を張り、心新たに住職としての任に就こうと気張っていたように思います。 とはいえ、若くして住職となった私は、地域的な作法の違いや生活習慣の違いに戸惑いを感じながら、檀信徒の方々からお叱りを受けることも多くありました。当初は、檀信徒さんとの意見の相違もあり、対立してしまうことも少なくありませんでした。 「このままで、やっていけるのだろうか。」知人や友人の居ない私は、不安よりも苛立ちさえ覚えるようになっていました。

そんな中、いつも私を笑顔で迎えてくださる、Aさんご夫妻がおられました。Aさんご夫妻は、いつもにこやかに、そして穏やかに接してくださいます。周りの方と意見がぶつかった時でも、笑顔を絶やさずお話を続けられます。 きっと私の顔も、緊張や苛立から、吊り上った目をしていたのでしょう。Aさんは、私にこう語りかけてくださいました。 「和尚さん、もっと、沢山の人たち(檀信徒)とお話をしてみたらどうですか。」と、笑顔でお話するAさん。 このとき、私は気づかされたように思います。知らぬ土地に赴任し緊張もしていたのでしょう。大本山總持寺での修行を終えたばかりで慢心もあったのでしょう。 檀信徒の方との触れ合いも、何か力んだものになっていたのでしょう。私には、笑顔で触れ合うということが足りないのだ。Aさんの笑顔に、そう思い知らされたのです。

それからは、肩の力を抜いて、周りのみなさんと笑顔で触れ合うようになりました。すると、自然と周囲の方々も笑顔になり、檀信徒のみなさんの方から声をかけてうださるようになっていました。 自然とお米や野菜を頂くようにもなり、今では好物の漬け物を、私の好きな塩加減で持ってきて頂いております。

あの時のAさんの笑顔は、今でも私の頭の中にしっかりと焼き付いています。とても魅力的であり、とても美しい顔立ちです。この笑顔の美しさは、Aさんの内面から出てくるものなのだと思います。 身体の内側からこみあげてくる美しさは、どんな化粧よりも美しく見えてきます。笑顔に勝る化粧なしです。美しい言葉を使うと、どんな綺麗な口紅よりも美しい口元に見えるでしょう。 相手の美点を観るようにすると、どんな綺麗なアイシャドウより美しい目元になるでしょう。このような教訓を生かし続けて、はや40数年の住職生活となりました。 笑顔でいつづけることは、楽な事ではありませんが、きっとしかめっ面でいるよりは、はるかに簡単なことだと思います。

一年の始まりです。東日本大震災からもうすぐで二年になろうとしています。復興元年といわれた昨年。瓦礫の撤去は進み、仮設住宅から復興住宅への移住が始まりつつも、土地の再生計画が前に進めないでいる現状です。不平や不満はいっぱいあります。まだまだ、未来を見通すことのできる復興までは、進んでいないように思えます。それでも、我々は1歩ずつ1歩ずつ前へ進むのです。進んでいくしかないのです。だからこそ、今年一年を福幸(ふっこう)の年とするために、笑顔を忘れず進んで参りたいと思います。

岩手日報 平成25年1月4日掲載
■文 曹洞宗岩手県宗務所所長 海野義清
■イラスト 光照寺住職 高澤公省

こころひとつに岩手県宗務所所長 海野義清

生きてるってこと それは 涙を流せるってこと 生きるってこと それは 亡き人たちがいつでも そばにいるってこと 信じること つながり合ってることを知ること

私の中で昨年ほど、「いのち」という言葉。そして、その意味、その重さを深く考えさせられた年はありませんでした。加えて、私たちが出来ることとは、日々の中にある当たり前の事でありほんの些細なことでも、人の為と思い只ひたすらに打ち込むことができれば、その先に繋がるものがあることがこれほど心に響いた年はなかったと感じております。
戦時中、大慈寺尋常小学校へ通っていた私は、B29爆撃機の機影に肩を震わせながら避難を何度も余儀なくされました。終戦となり戦後の経済成長の中、日本そして岩手県民も人々の力と絆で復興と発展をすすめてきたのを思い出します。

そして今、あの東日本大震災の惨劇からもうすぐで一年が経とうとしています。津波による町の壊滅、避難所生活と瓦礫の山。仮設住宅に労働の確保と、日毎に人々の生活環境も変わってきました。我々が僧侶として出来る事とは、被災された方々のために出来る事とは何か。それは、御供養であるのではないか。我々僧侶が普段よりおこなっていることこそが、人の為となりうるのではないかと思うに至り、県内の遺体安置所ならびに火葬場に於いて曹洞宗僧侶による奉仕供養を毎日のようにおこないました。

被災された方々、遺族を亡くされた方々のお気持ちを汲みとること、悲しみと不安を共に抱くことのできる僧侶として、只ひたすらにご供養をする。そして、行方不明の方々の安否を共に祈ることが、心の安らぎとなることと願う日々が続きました。時が経ち、四十九日となり、涙から卒業する百箇日を経て、もうすぐ一周忌を迎えます。私たちも、これまでに多くの方々のお力添えをいただき、御供養をさせていただきました。県市町村を超えて僧侶が集まり、宗派を超えての法要が営まれ。檀信徒のみなさまとご遺族の「いのち」について思い綴りながら、涙と悲しみをこれまで乗り越えて参りました。御供養と共に、被災地の皆様と膝を突き合わせてのお話しも、大切な供養のひとつなのだということにも気づかされました。あの時のこと、家族の事、そして今このときのこと。ある時は涙を流し、ある時は笑いながらお話しをさせていただく。

前述しましたように、私たちが出来ることとは、日々の中にある当たり前の事なのではないでしょうか。ほんの些細なことでも、人の為と思い只ひたすらに打ち込むことができれば、その先に繋がるものがあるのではないのでしょうか。さまざまな人々が、それぞれ只出来ることをおこなえば、百人いれば百通りの出来ることが集まってくる。それが「絆」と言うのでありましょう。

まだまだ先の見えない仮設住宅生活。さらには生活を支える仕事さえ十分ではありません。それでも、私たちの「いのち」と「きずな」を大切にして、毎日を生きる。私たちの「きぼう」は流されずに、小さくて遠くに見える一点の光を目指し、共に手を取り生き抜いていきたいものです。かつて、我々の先達が、戦後の暗闇から光明を見出した時代のように。

岩手日報 平成24年1月4日掲載 紙上法話
岩手県宗務所所長 海野義清


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